さざなみのキヲク~宮澤章二先生の詩~

宮澤章二先生の詩をご紹介します

震災から5年。3月11日は宮澤章二先生のご命日


こんにちは。


2日過ぎてしまいましたが。


3.11が今年もめぐってきました。


こんな小物の私が何を言うにしても


おこがましいのですけれど。


復興、と言いますが、本当に簡単じゃないですよね。


70年前の終戦後とはまたすべての環境、条件、国民の生活水準が違っていて


同じような勢いの復興になるとは限らない状況・・


心を一つにしていかなければ。





何が頭にくるって、そんな中でさ。


「日本死ね!」


って


言うに事欠いてこんな罵詈を


吐き捨てる日本人がいるとは。


団結心を阻害するよね。


このタイミングで、この自己中にも思えてくる響き。



保育園に落ちたことの落胆や怒りはわかりますよ?


でも


気に食わないものの消滅を願うのは心の中だけにしたら?


あなただけの日本じゃないんだから。


またこれを取り上げた国会議員。


掲示板という無責任な場所の記述を


取り上げて論点にするのは


無責任じゃないですか。


感覚的な話でいけば、品格が疑われる。この人。


政治的な話でいけば、


国家 VS 国民 という構図をつくりだして日本の統制を乱し


出典不明の発言を野党がわざわざ執拗に国会で取り上げて


政治的に日本を陥れようとする魂胆がみえみえ。


韓国人やアメリカ人やロシア人が自国に対して


「韓国死ね」「アメリカ死ね」「ロシア死ね」と言っていますか。


そんな外国人みたことない。


愉快犯が面白半分に書いたのかもしれないよ?


日本人じゃないかもしれないし。




「言論の自由」は、確かに国家権力への自由な言論の保証。しかし


「死ね」などという罵詈雑言であり常軌を逸した言葉を使うとは


言葉を発した彼女の窮状の信憑性もなにも一気になくなるというもの。


本気なら、実名や顔を出して正々堂々と


政府を動かす運動をやっていただきたい。


その意味では顔出しして国会前にデモしに来た人は筋を通していると思う。


ただし、政治批判だけでは解決にたどりつかない。




・・・・なんか話がそれちゃったけど、




終戦直後は、


こんなことを表だってあからさまに「日本死ね」だの


政府に向かって叫ぶ人はいなかったし、野党だって、


今の野党みたいに、中国や朝鮮の利益を最優先にするような国会議員はおらず、


誰しもが日本のことを第一優先に考えてたのよ。


そんなところからしても、一致団結の復興の勢いがないのは


あの当時とは違う・・・・




それは、



でも、




ある意味仕方がない歴史の流れ。


そのような風潮があるなかでも、自分のできることを、生まれた国のために、


被災した地域のために、なにか役に立つことをしようとする気持ちと


小さくても行動することが大事だと思っています・・・・


(私にできることは、


自家発電をすること、


被災地産のものを買うこと、


子供に復興支援ツアーに行かせること、


義援金をおくること・・)



がんばろう日本。




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そして、3月11日は、


私の大好きな詩人、宮澤章二先生のご命日でした。


平成17年(2005年)におなくなりになりました。






名前だけではわからない方も、


4年前の東日本大震災の直後から流れた、


公共広告機構(AC)のCM詩、と言われるとその詩を思い出す方も


いらっしゃると思います。


目を疑うような映像に誰しもがショックを受けていたあのとき。


そんな中でこのCMを見て、


「ちょっと、この詩、すごい。」


なんと、鋭いことをおっしゃる。


ずばり言い当てている、、


そう思って


すぐに「行為の意味 ~青春前期のきみたちへ~」(ごま書房新社)


を買いました。


77の詩が収められていた。


そのうちのひとつ。108ページにありました、


CMの、行為の意味。






<「行為の意味」>


―― あなたの「こころ」はどんな形ですか


と、ひとに聞かれても答えようがない

自分にも他人にも「こころ」は見えない

けれど、ほんとうに見えないのであろうか


確かに「こころ」はだれにも見えない

けれど「こころづかい」は見えるのだ

それは、人に対する積極的な行為だから


同じように胸の中の「思い」は見えない

けれど「思いやり」はだれにでも見える

それも人に対する積極的な行為なのだから


あたたかい心があたたかい行為になり

やさしい思いがやさしい行為になるとき

「心」も「思い」も初めて美しく生きる


―― それは、人が人として生きることだ





・・・「行為の意味 ~青春前期のきみたちへ~」と


ほくしん詩集 3 「結実の季節 宮沢章二」 に掲載されています。・・・





宮澤章二先生

昭和30年撮影 (36歳頃)



埼玉県羽生市出身。

東京府立高等学校、東京大学文学部美学科卒業。

埼玉県立不動岡高等学校の教諭時代に、疎開で加須市に住んでいた作曲家の

下総皖一と出会ったことから、詩人・作詞家として活動を開始。

校歌や合唱曲、童謡などの作詞を多数手がけた。

特に校歌は埼玉県内を中心に300校以上にのぼる。

『ジングルベル』の訳詞者としても知られる。

日本童謡賞、赤い鳥文学賞特別賞、埼玉県文化賞、埼玉県文化功労賞知事表彰などを受賞。

大宮市教育委員長も務めた。

詩『行為の意味』の一節、「思いは見えないけれど、思いやりは見える」が、

ACジャパンの2010年度キャンペーンCMに使用された。




日本は、


日本人にしか、守れない。


日本人にしか、救えない。



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